文庫の帯、眼福です

私はいくつかの古本屋さんのサイトをお気に入り登録しています。先日その中のひとつで「文庫が揃いました」と写真をアップロードしてくれていました。何の文庫かは写真が小さくわからなかったのですが、帯付きでずらりと並ぶ、何十冊。画面上とはいえ、とても壮観でした。学生時代は帯つきや初版本にこだわったものでした。それは友人も同じで、何十年も前の本を古本で買い求める際にも、初版にこだわって、高価なものを探していましたっけ。しかもそれを読むときは、綿の白手袋を着用です。しかしいつの間にやら二人ともそんな時代は過ぎ去り、今は欲しいものを欲しいときに買って、素手で読む生活が日常化しています。気安くなったということですね。発売日に書店に走ることもなくなりました。でもそのせいで、本棚がさみしいのは事実です。昔は帯付きでずらっと揃っていたのになあと、今懐かしい本棚を思い出しています。社会に出ると自分でお金を稼ぐ分、本を買う余裕はできますが、毎日書店に通う時間も、じっくり読書をする時間もとることが難しくて残念です。作家買いもしなくなりました。でも、ああもきれいに揃った写真を見ると、帯ってやっぱりいいものですね。眼福でした。

映画館の待ち時間は小説で

映画館の待ち時間は小説を読むことにしています。最近映画や小説といった人が作ったものにとても興味があり、良く見ています。しかし、時には映画の公開時間が合わないこともあると思います。そういったときに強い味方になってくれるのが小説です。小説はコンパクトなので良く街に行く時などは携帯しています。時間に余裕ができればそれを読み、時間を潰すことが出来ますからね。
特に映画などは人気作品になると満席になっていることがあり、次のチケットの時間は一時間後や二時間後ということもあります。そういったときに友達と「どうするか」となることも避けられますし、映画を見る前に疲れてしまわないということも良いです。座って映画まで小説を読んでいるというのも楽しく、最近は小説好きな友人と良く映画を見に行っています。
また、小説が映画化されることも多くて、その小説を先に読んでおいて映画を楽しむというのも良いと思います。文章で構成された小説の世界を自分が想像して、それが映像になって飛び出してくるというのはとても刺激的で面白いことです。これに一度はまってしまったらもう二度と抜けられなくなりそうです。もちろん良い意味で映画も小説も中毒性が高いですね。

小説と歌の共通点

私は良く小説を読んでいるのですが、昔から歌を歌うのが好きなので歌をつくったりもしています。その時に良いのがやはり音楽と小説の共通点に気付いてしまったことですね。当然ですが歌には歌詞というのがあります。その歌詞は小説のようなものなのです。
例えば曲を作るときにテーマやコンセプトを設定すると思います。そのときにファンタジーをテーマにした曲を作ろうとするのであれば、歌詞もおのずとそういった歌詞になってくると思います。小説もそうで、ファンタジー小説を書こうと思ったときにはジャンルを設定してから文章を書いていくと思います。音楽と小説は一見違うもののように思えますが、実は共通点も多いのです。
同じく言葉によって人を感動させることができるし、勇気づけることもできます。時には生きていることを説いたり、悲しみを表現したりすることもできて、小説と音楽の両方を楽しめている私は素晴らしいなと思っています。これからは音楽をしながら小説を楽しむということをメインの趣味としていこうと思います。

音楽で小説をより楽しむ

音楽を聴きながら小説を読むのって楽しいですよね。例えば私の場合はその小説のジャンルに合わせて音楽を聞くことをしています。恋愛小説を読んでいるときは恋愛ソングをかけながら小説を読むことにしています。その方が心に響くメッセージも大きくなると感じています。ほかにもサスペンスの時は洋楽で雰囲気を出してみたり、日常系の小説を読んだりするときは自然音をBGMにしていることもあります。音楽は小説の世界を格段に広げてくれるのです。
最近はホラー小説にはまっていて、良くホラーっぽい音楽を聴きながら小説を読むことがあります。それは見事に効果覿面で、読みながらふるえて来たり変な汗が出てきたりすることがあります。もちろんそこまで身体を追い込まなくてもよいのですが、それほど雰囲気がでているときの方が小説を楽しめている自分がいるのです。
小説を読むのにもう少し充実させた時間にしたいという方は、音楽を聴きながら読むことをお勧めします。まったく無音の状態で小説を読むと逆に集中できないこともあるので、少し耳に入る程度の音量でも良いと思います。小説を読むことにマンネリ化している方は一度試してみると良いと思います。きっと新しい小説の世界が開けてくると思います。

漠然とした孤独への対処法

今日初めて、インターネットで映画のチケットを予約しました。便利な世の中になったものです。先日、会社の同僚と話したんですよ。「今は銀行振り込みもネットでできるし、仕事だって職種によってはネットさえあればできるし、家から出なくても生きていけるかもね。病院とかだけじゃない?外出しなくちゃいけないの」って。本当にそうかもしれませんね。でもそれだとさみしいでしょうね。人は、孤独に耐えられない生き物だと聞きます。昔、無音で、ベッドしかない個室でずっと横になっていた場合、人はどうなるのかという実験があったそうです。それによると何日後かは忘れてしまったけれど、人は正気を失うらしいですね。まったくの独りに、人は耐えられない。そういうことでしょう。確かに一人きり部屋で本を読んでいても、車の走る音や井戸端会議の声が聞こえます。そう考えると、私たちは一人でいても独りじゃないのかもしれません。ときどき、ふとさみしくなることがあります。自分は独りだと、漠然とした不安に襲われるそんなとき、今日気づいたことを思い出せればと思います。生活音の聞こえる部屋の周りには誰かがいて、パソコンを立ち上げれば遠方の友人と繋がることができるということ。自分は不幸じゃないと、なんとなく思いました。

電子書籍読書をしながらご飯

本来とても行儀が悪いことだと思うのですが、電子書籍を読みながら食事をするのが好きです。電子書籍なので、タブレット端末を立てておけば読めます。そしてページをめくるのもワンタッチ。とても便利です。あまり見た目が、というより行儀がよろしくないので、一人で食事をする時限定ですがそんな時の食事はとてもおいしいです。テレビを見るのもいいですが、小説を読みながらの食事もいいものです。音は静かで、なにもない。その中でご飯の香りを嗅いで食べながら、小説の世界に潜り込み、黙々と食事をする。それがこんなに楽しいことだとは思いませんでした。電子書籍を選ぶ理由は、簡単です。紙の書籍ですと、手で抑えておかないとページがめくれてしまいます。そして本が閉じてしまうのでなかなか没頭ができないのですよね。しかし電子書籍は開いたら開きっぱなしです。たまらないです。その開きっぱなしというのが食事をしているとなかなか実現しないのでいいのです。しかも電子書籍はタブレット端末なので立てることが可能です。開きっぱなしで立てることが出来るというのは、読書をするにあたりとても重要なことなのです。本当に素敵なツールだと私は思っています。ただやはり、人前では出来ませんけどね。しかし電子書籍をがこんなにいいものだとは思いませんでした。すごく素敵なので、みなさんもぜひ一度お一人で食事をする時にはやってみてください。

小説を束縛したいのか

久しぶりに読み返した小説がありました。その小説は好きで好きで以前はよく読み返していました。一時期は一言一句間違えずに空で話せていたくらいです。冒頭部分は特に好きでとてもよく読んでいましたね。冒頭部分の言葉が私の好みにぴったりとハマったのです。それまでわからなかったことが鮮明になったというような、そんな気持ちでした。それなので、読んだその場だけではなくずっと心に残っていたのですよね。心に残って、ずっとその小説が支えでした。その頃読み出していた小説や雑誌が、私の気持ちを代弁してくれているような気持ちになっていたのです。だからその小説を好きだと言い続けました。人に貸して、と言われても貸さないくらいに大切にしていました。ずっと手元に置いておきたかったのです。前ほどその小説を読むことはなくなり、今では少し読む程度です。他の小説も大切にしていますが、その小説は特別、といった感じですね。もっと余裕があれば本屋で買って様々な人に配って回りたいくらいです。あくまで自分の手元にはその小説を置いておきたい。小説を読んで世界が変わるということがあるんだな…と思ったものです。そんな小説を久しぶりに読んだものですから、涙が止まりませんでした。そして、ラストになって涙が止まりました。小説を読むことで泣いて、小説を読むことで泣き止んで、なんだか気持ちがスッキリした読書でした。

言わない、言えない

ある小説を読んで、ヒロインと私の悩みが同じだったことがありました。ポロリとヒロインがその悩みを主人公に打ち明け、ごまかすという場面があったのです。その時主人公は「それが君の魅力なんだ」と感じるのですが、ヒロインが悩みをごまかしたためにそれにのるのですよね。そして会話は日常会話に戻ります。この場面が非常に私は切なかったです。ヒロインの悩みが私と同じ、というのもおこがましいかもしれません。しかし考えていたことがちょうど小説の文章になって現れたような感覚でした。だから主人公にはヒロインがごまかしても本音の部分を言ってほしかったものです。しかし、私自身はその主人公の「それが君の魅力なんだ」という本音をわかっている。不思議な感覚でした。どうしてこんな風に共感してしまったのかはわかりません。ヒロインと私では立場も境遇も違います。しかし悩みは同じだと思ってしまいました。そして主人公がそれを気にしていないことを伝えなかったのを悲しく思ってしまう。それが小説における主人公の優しさでした。何度もその場面を読み返すうち、私はなんだかホッとした気持ちになっていきました。悲しい小説ではあったものの、主人公と同じようなことを私の周囲も思っていてくれたらいいな、と思ったのです。そう思えたのは、小説のおかげでした。

穏やかな時間とほのぼのとした小説を読んで

ほのぼのとした小説がありました。私はそれを表紙があまりに可愛らしくて手にとったのですが、本当に内容もほのぼのとしていてよかったです。ミステリーだったのですが、主人公がマイペースで、コンビを組んでいる相手もしっかりしていそうで時折マイペース。独特のテンポがふたりの間にはあって二人にとってはそれが普通の生活。だから、迷わないし笑って物事を流していける。泣けるというより、そうだよな、これだけ気を抜いていても許されるよなぁというほっこりした気持ちになります。気が抜けているというか、肩の力を抜いて生活してもいいんだよという優しいメッセージに聞こえるのですよね。ほのぼのとした小説を書くのが好きなんです、とその作家さんはインタビューで仰っていました。そこまでシリアスな話は書けない、とも言っていたでしょうか。確かにシリアスよりのんびりしたほのぼのとしたお話の方がその方の文章は映えます。だからこそあたたかい気持ちにもなるのでしょうね。作家さん本人の人柄はわかりませんが、作風はわかります。その作風の温かさに触れた時、心が温かくなる。そんなことが、とてもうれしいです。穏やかな時間を過ごしながら、もっとたくさんのこういった本を読んでいきたいです。

気づけばこんなに経っていた

先日、近所の県立図書館に本を返却に行ったところ、動物のパペットをたくさんつけた男子学生たちに遭遇しました。近所の教育学部がある大学があるので、きっとそこの学生さんなんだと思います。私が子どものころ、この図書館の子ども図書室やレクレーションルームに通っていたときに、よくそこの大学の学生さんが、読み聞かせや紙芝居をやってくれたことを思い出しました。子ども用のものがたくさんそろっている図書館って、お母さんたちにもありがたいですよね。紙芝居は一人一冊までしか借りることが出来なかったので、厳選した一冊を、貸出期限の間何回も家で楽しんでいた思い出があります。今でもまだ一冊制限なのかな…とか、色々な想いを馳せました。月日が流れるのはとても早いですね。ついこの間まで(といってしまうのは、さすがに言い過ぎかもしれませんが)、私はあの大学生たちに、読み聞かせをしてもらう立場でいたような気がするのに、ふと気づけば、それらを懐かしい気持ちで眺める立場になっているのです。あのころは「大人の人が読む難しい本が並んでいるエリア」にも、読みたい本を求めて入っていくことが出来るし、「大人だとひょいひょい使えるパソコン」と思っていた検索機も、使いこなせるようになっているのですから。