ご近所トラブル小説

時々実際にあるご近所のトラブルをテレビでも目にすることがあるけど、今読んでる小説にも出てくるんです。それには子供が関わっています。子供には罪はないと思うんだけど、親の都合や付き合いにどんどん巻き込まれていくんです。その内容は本当に「小説で良かった」と思います。だって、実際にそんなことが起こったら、ものすごく怖いんですもの。でも、起こるかもしれないって思える内容なんです。人間の深層心理ってはっきり言って、とても口にできないようなこともあります。私だって、心の奥で思ったり感じたりすることは全て良いことかって聞かれたら頷けません。それぞれの育った環境も違うし、その時の立場もあります。みんなが自分本位でいたら上手くいくはずなんてないですよね。お互いを理解しないと。特にご近所の問題は深刻になることが多いみたいです。なぜなら、小学校、中学校、高校、大学、どれも卒業すれば別々の道に進むことが多く、ともに過ごすのは一時期だけだと言えるけど、近所の問題となると、一生の問題だと言っても過言ではありません。ローンを組んで家を購入している場合も多いから、簡単に引っ越しをするという手段は選べませんものね。やっぱり巻き込まれたくないって思うのが本音です。私は子供の頃のことを考えても、たぶん平和な中で育ってきたと思います。だから、小説の中のトラブルは、疑似体験のようで鳥肌が立ちます。それはやっぱり小説の中だけで十分です。現実は持ちつ持たれつでお互いに譲り合って協力し合って生活していきたいですよね。

『恋煩」いっていう病気

先日、ある小説を読んでいたら、そこに出てきた『恋煩い』という言葉。普段はあんまり耳にしませんよね。でも、誰もが一度は聞いたことがある言葉なんじゃないですか? 私はそれを単に誰かに恋をすると一日中ずっとその人の事を考えて、ため息をついたりするから、そう呼ばれるものなんだと思っていました。でも、その小説に出てきた『恋煩い』って、本当に病気だったんです。食欲が全くなくなって、眠れなくなって、ついにはベッドから起き上がることもできなくなるんです。「そんなことってあるの?」と驚くばかりでした。けど、実際にも『うつ』に似た症状になったりするんですって。もちろん片思いでなくなれば治るんでしょうけどね。私はというと中学の時には、そこまでじゃないけど憧れの先輩のことを考えてはため息をついたりしてたかな、なんて思い出します。けど、たぶん食欲が失せたりはしなかったと思います。そんな記憶もないですし。でも、中学生時代のピュアな気持ちは懐かしいです。
けど、『恋煩い』って年齢に関係なくなってしまうものなんですね。だって、小説の中の登場人物なんて50歳でしたから。まぁ、「小説だから現実ではない」と言われればそこまでですけど。50歳のそれは重症でした。けど、いつか読んだ本には「人は死ぬまで恋をすることができる」って書いてありました。それって素敵ですよね。場合によっては問題ですけど。

尊敬に値します!

このところ出勤時間がいつもより1時間半も早いから、電車の混み方が随分違います。早くいつもの時間に戻りたいんだけど、訳あってまだしばらく続きます。混んでる中でも少しでも空いている車両をと探しながら乗ってるんですけど、途中の駅からもどんどん増えてきます。そんな状況だから私はいくら小説の続きが読みたいと思っても諦めています。トートバッグの他に手提げも持っている私は座れた時でないと読書は無理です。つり革をしっかり掴んでいないと、電車の揺れには本当に弱いんです。そんな中で驚きの事実があります。かなり混んでる車内であっても本を読んでいる人がいるってこと。立っている他の人と体の一部が触れているくらいなのに、片手でつり革を持ち、片手で本を持って読んでいるんです。中にはどこにも掴まっていない人もいます。すごい! 初めて気づいた時には思わずその様子をジッと見てしまいました。そして先日、よく見ると女子中学生っぽい二人はギュウギュウの中で立ちながらにしてテスト勉強をしていたんです。問題集に赤いシートを当てて正解の文字を見えなくして英文を見ていたんです。そこまで熱心に取り組んでいるなんてビックリです。けど本当は、熱心なことへの驚きよりも、電車で立ちながら揺れないで読書や勉強が出来るというその事実の方が一番の驚きで、尊敬ものなんですけどね。

文芸書の売り上げランキング

本屋さん行くと、そのお店や全国の売り上げランキングが書いてあることがあります。特にお目当ての物がなく、何か気に入った物があれば……と思って書店を覗いた時には、やはり気になります。上位の本は手に取って見てしまいます。
先日、アマゾンの文芸書のランキングの記事を見かけました。2位は芥川賞を受賞した小説だから頷けます。でも、1位はちょっと意外な結果でした。あるミュージシャンのドキュメンタリー小説だったんです。その本が発売になったことは別の記事で知ってたんだけど、まさかベストセラーになるなんて思いもしませんでした。そして、3位はというと小説でもビジネス書でもなく、日本語の成り立ちに関する日本語論のような物でした。10位までを見てみると、小説が多いけど、詩集があったり美術に関する物があったりと結構幅が広いなっていう印象を受けました。ということは、読者の年齢層や生活環境は様々なんだなって改めて思いました。そして、私がミーハーなのか、そんなランキングを見ると、内容を全く知らない本がやっぱり気になってくるんですよね。中でも「ランキング入りする詩集ってどんなのだろう」って思ってしまいました。でも、今までの経験上、沢山の人の支持を得ている本はそれだけの価値があることが多いんです。だから、その詩集が今、ずっと気になっています。

心の地雷を踏んだら

たまに自分でも仕事をしていて余計なことを言ってしまったなって思うことがあります。良かれと思っても相手をすごく不機嫌にさせてしまったり、誤解されたり、もしくは言わなければ良かったと反省するような場合です。以前の上司に対して、何気に言ったことが地雷を踏んだと大反省するようなことが度々ありました。そうなってから後悔しても遅いんです。
けど、先日、『心の地雷を踏まないコツ、踏んだときのコツ』という本を見かけたんです。悪気はなかったのに相手を不快にさせてしまったり、相手は触れられたくないと思っていることを言ってしまったりということって誰でも一度や二度は経験がありますよね。その本には、相手が心を開きやすい距離感を取る方法や気に障りやすい口癖などを分かりやすく解説してあるんです。それが分かれば回避できます。そして、それだけではなく、もし踏んでしまった時のフォロー術も紹介しています。それが理解できていれば、もし、うっかりそうなっても強い心で前向きに対応できますよね。上手に謝る事もできるでしょう。人によっては「こんなことで怒る?」と思うようなこともあります。この本をしっかり読めば、そんな時にでも慌てずにスムーズな人間関係が築けそうです。ちょっと真剣にじっくり読んで自分のものにしたいなって思います。そして、かつての上司に会っても、もう地雷を踏まないようにしたいものです。

カフェにコンセプトを

カフェで読書をするのが好きです。休みの日にコーヒーを飲みながらのんびりとした時間を過ごすのは家でももちろん可能だけど、カフェだとちょっと贅沢な感じがするんです。最近は本屋さんでも併設しているところが多いから、ゆったりと本を選んで、買う前にちょっと中身を確認してみたり、買ってそのままそこで読んだり、と有意義な休日を過ごせます。
けど、最近はもっと多様化しているんですね。先日、見かけた雑誌には『コンセプトカフェ』というものが特集されていたんです。その名の通り、何かのコンセプトを持っているお店なんです。「へぇ、変わってる!」って驚きのコンセプトを持ったお店がいくつも載っていました。なかでも面白かったのが『ものづくりカフェ』です。ショッピングモールでもちょっとした体験ができるイベントが開催されていることがあります。以前、旅先でカバン工房に行った時には『カバンづくり体験』があったのを覚えています。そういうのってなんだかワクワクしますよね。雑誌に載っていたそのお店は、タブレットに自分でデザイン画を描いて、それをシートにしてラテアートができたり、マカロンに好きな絵を描けたりと、とっても楽しそうでした。作ったものを使って食べたり飲んだりできるというのが嬉しいですよね。カフェは進化し続けています。

人生は極めて個人的な作品

時々、人生って物語のように感じられるんです。だから、困難にぶつかった時には、「流れに任せていけば、暗闇から抜け出せるはずだから頑張ろう」とか、「今が踏ん張り時だ」とかって思います。不思議なことに八方ふさがりのような時でも、なぜか扉は必ず開くと、根拠はないけど、ある意味確信しているようなところがあります。お気楽だと思われるかもしれないですけどね。
この前、読んだコラムには『人生という極めて個人的な作品』をどう仕上げるか、なんて書いてあったんです。それは自分という芸術家の腕にかかっていると。素敵な表現だと思って、ちょっと興味が湧きました。そして、そのためにも他人には、とやかく言わないことが大事だって。他人の生き方はその人本人が気づかないことには改められないんだと。何かを注意されても、その人にとっては迷惑でしかないんだって。そんなことより、自分を見続けるほうが必要だと書いてありました。意識を内面に向けると、物事の善悪を正しく判断できるし、他人の動きに惑わされて心がブレたりしないんだそうです。本当にそうだと思います。他人を変えることなんて到底無理なことで、でも自分を変えることはできるんだと思っています。自分が変わったから、他人も変わってくれたという経験は今までにもあります。時には先日のようなコラムを読むと、普段の意識を見直すきっかけになります。人生という作品は自分でしか仕上げられないんですよね。良くも悪くも本人次第です。

続編が読みたいです

小説を読み終わった時に、すごく清々しいとも言えるような感覚になることがあります。その終結に満足しているときです。けど、そうではなく、感動したり、面白かったなって思ってはいるけど、その続きはどうなるんだろうって、なんとなく気持ちの治まりが悪いように思うこともあります。気持ちの治まりが悪いと言ってもネガティブな意味ではありません。言ってみれば、続きを知りたいということだから、ポジティブな気持ちなんですよね。
実は先日もそうでした。今まで私にとって興味がなかったことや知らなかったことが題材で、そんな世界もあるんだなぁってどんどん引き込まれてしまいました。家でも通勤電車の中でも、職場でも、とにかく一気に読んでしまいました。読後はまるで、映画を観終わった時のような感覚でした。なぜなら、私の頭に中にはしっかりと映像があったんですもの。そして、小説の終わりは『完』ではなく『続く』という感覚だったんですよね。そしたら、なんと続編があったんです。私が知らなかっただけだったのかもしれませんけど、運よく見つけたんです。面白かったからその作家さんの他の本を読んでみようって探していたら、目に留まったんです。もちろん、買いましたよ。今、読み始めたところです。「なるほど」と思いながらワクワクしています。今後の展開が楽しみです。

著作権法って……

先日、職場の人から「ちょっとこれ見て」と言われて読んだ記事があります。それは著作権法に関する記事でした。「なんだか難しそう」という気持ちから、思わず読む気が失せるのを必死で持ち上げながら読んだんです。けど、それはかなり大事な内容で、ビックリしました。今は無断で結婚式や披露宴の時にBGMを流すことが出来ないんだそうです。申請をして許諾を取って、料金を払わないといけないんです。いつからそうなったんだろうって、なんだか不思議な気持ちでした。学生の頃なんか、平気で何でも曲を使っていたような気がします。その頃からそうだったのか、そうでなかったのか、最近になって厳しくなったのか。けど、そういえば 、いつからかネットでも勝手に音楽のダウンロードができなくなったことを思い出しました。必ず課金されます。それが著作権法の関係なのかな。自分が買ったCDであっても公の場で流すのはダメみたいなんです。まぁ、家で自分だけで楽しむのは、もちろん関係ないんですけどね。
本はよく読むけど、法律は苦手です。その手の本はまず読まないですもの。けど、「知らない」では済まされないことって、やっぱりありますよね。その著作権法だって、刑罰や罰金は相当なものだったんだもの。常識的なことは、やっぱり意識しておかなきゃいけませんね。

それは童話の中に

子どもの時には誰でも絵本を読んだと思います。私も小説を読み始める前、読書のきっかけは幼い頃の絵本でした。絵本には日本の昔話をはじめイソップ物語やアンデルセン物語、そしてグリム童話などが代表的です。子どもたちが楽しむためのものです。そのほとんどが勧善懲悪で、良い行いを勧めて悪を懲らしめる物語です。
それらには、実はビジネスで成功するための教えが沢山あるんだとか書かれた記事を先日読んだんです。『ビジネスマン向けに童話の読み方を説いた本』の著者に焦点が当てられていました。そこに取り上げられているのは『桃太郎』のお話しです。なぜイヌとサルとキジは桃太郎の鬼退治という難事業に賛同したのか……と考察してあるんです。考えられるのは、きび団子という報酬以上に、悪い鬼をやっつけて村人の宝を取り返すという志に共感したからだと著者は指摘しているんです。そう言われればそうですよね。桃太郎がいくらきび団子をあげても、彼の私利私欲のためであれば、家来にはならなかったでしょう。やりがいのあるプロジェクトだったから、『桃太郎』というリーダーについていったと考えられるって。確かに筋が通ってますよね。今の社会にもぴったりあてはまります。成功している人は、きっとこの理屈にあてはまったリーダーシップを取っているんだと思います。そう考えたら、本当に童話の中には色んなヒントがありそうに思えてきました。大人の思考でもう一度読んでみると、きっと新たな発見があるに違いありません。