心の地雷を踏んだら

たまに自分でも仕事をしていて余計なことを言ってしまったなって思うことがあります。良かれと思っても相手をすごく不機嫌にさせてしまったり、誤解されたり、もしくは言わなければ良かったと反省するような場合です。以前の上司に対して、何気に言ったことが地雷を踏んだと大反省するようなことが度々ありました。そうなってから後悔しても遅いんです。
けど、先日、『心の地雷を踏まないコツ、踏んだときのコツ』という本を見かけたんです。悪気はなかったのに相手を不快にさせてしまったり、相手は触れられたくないと思っていることを言ってしまったりということって誰でも一度や二度は経験がありますよね。その本には、相手が心を開きやすい距離感を取る方法や気に障りやすい口癖などを分かりやすく解説してあるんです。それが分かれば回避できます。そして、それだけではなく、もし踏んでしまった時のフォロー術も紹介しています。それが理解できていれば、もし、うっかりそうなっても強い心で前向きに対応できますよね。上手に謝る事もできるでしょう。人によっては「こんなことで怒る?」と思うようなこともあります。この本をしっかり読めば、そんな時にでも慌てずにスムーズな人間関係が築けそうです。ちょっと真剣にじっくり読んで自分のものにしたいなって思います。そして、かつての上司に会っても、もう地雷を踏まないようにしたいものです。

短編小説と長編小説

小説を選ぶ時に私は長編を選びがちです。と言っても、何巻にもわたっているものはというと、そこまでは望みません。持ち運びやすい文庫本なら1冊が一つの物語になっているものが好きなんです。特に理由があるわけじゃないけど、本屋さんで「これ、面白そうかな」と思って、パラパラと中を見て、目次を見て、短編集だとちょっとがっかりした気分になるんです。1冊が1つの物語での完結を求めているのかもしれません。だから、その選択は重要なんです。読み始めたけど意外にもその世界に入り込めなかった時には、最後まで読むのにものすごく時間がかかったり、なかなか進まないがために途中で放置してしまって、代わりに他のものを探しだすなんてことになりかねません。
でもたまに、短編集だけど良さそうって思えるものに出会うことがあります。先日がそうでした。しばらく、少し重めの長編にどっぷりハマっていたからでしょうね。ちょっと気分を変えたいって無意識に感じていたのかも。でも、その本の冒頭にめずらしく著者の前書きがあって、自分がその本を書いたいきさつが掲載されていたんです。初めにそれを読んだら、さらにその小説に興味が湧いてきて早く読みたくて仕方なくなったんです。それなのに、意外にもその前書きが長くて……「まだ始まらないの?」なんて思ってしまったんですから。きっと、それが戦略だったのかも。読み手の心がわかっていますよね。今、ようやく一つ目の物語が始まったところです。これからの行方がすごく楽しみです。

カフェにコンセプトを

カフェで読書をするのが好きです。休みの日にコーヒーを飲みながらのんびりとした時間を過ごすのは家でももちろん可能だけど、カフェだとちょっと贅沢な感じがするんです。最近は本屋さんでも併設しているところが多いから、ゆったりと本を選んで、買う前にちょっと中身を確認してみたり、買ってそのままそこで読んだり、と有意義な休日を過ごせます。
けど、最近はもっと多様化しているんですね。先日、見かけた雑誌には『コンセプトカフェ』というものが特集されていたんです。その名の通り、何かのコンセプトを持っているお店なんです。「へぇ、変わってる!」って驚きのコンセプトを持ったお店がいくつも載っていました。なかでも面白かったのが『ものづくりカフェ』です。ショッピングモールでもちょっとした体験ができるイベントが開催されていることがあります。以前、旅先でカバン工房に行った時には『カバンづくり体験』があったのを覚えています。そういうのってなんだかワクワクしますよね。雑誌に載っていたそのお店は、タブレットに自分でデザイン画を描いて、それをシートにしてラテアートができたり、マカロンに好きな絵を描けたりと、とっても楽しそうでした。作ったものを使って食べたり飲んだりできるというのが嬉しいですよね。カフェは進化し続けています。

アマチュア小説家に仲間入り?

たまに気が向いた時やあいにく本を持ち合わせていない時に電子書籍を読みます。何か面白そうなものがないかと、この前ネットで検索していた時に、私にとっては未知のゾーンを発見したんです。というより、知ってはいたんだけど足を踏み入れていなかったという方が正しいです。それは、小説の投稿サイトなんです。初めは普通に電子書籍をダウンロードできるサイトかと思っていたら、どうも違うような……と気が付いたんです。すごく沢山あるそれらの小説はアマチュア作家さんの作品なんだって。ランキングもあってすごく人気のある作品は、それはそれは沢山の人に読まれているんです。そして、その中から実際に年間に数冊は書籍化もされているとか。そんな投稿サイトがいくつもあるんです。アマチュアでも小説を書いている人がそんなに沢山いるなんて、びっくりです。気軽に読めるケータイ小説なども中高生に広まっているから、執筆も気軽になったのかもしれません。サラーっとランキングに目を通しただけで、中身はまだ読んでないからどんな内容のものが多いのかなどはわかりません。でも、恋愛小説やファンタジーなどが多いみたいでした。でも、全てが中高生向けかと思ったら、そうでもなくてちゃんと大人向けのものもあるんです。読んでみようかな、とも思ったんだけど、なぜか書いてみようかな、なんて気持ちになってしまったんです。
「何を書きたいの?」
「私の日常」
「それ、面白い?」
「結構面白い」
自問自答です。

人生は極めて個人的な作品

時々、人生って物語のように感じられるんです。だから、困難にぶつかった時には、「流れに任せていけば、暗闇から抜け出せるはずだから頑張ろう」とか、「今が踏ん張り時だ」とかって思います。不思議なことに八方ふさがりのような時でも、なぜか扉は必ず開くと、根拠はないけど、ある意味確信しているようなところがあります。お気楽だと思われるかもしれないですけどね。
この前、読んだコラムには『人生という極めて個人的な作品』をどう仕上げるか、なんて書いてあったんです。それは自分という芸術家の腕にかかっていると。素敵な表現だと思って、ちょっと興味が湧きました。そして、そのためにも他人には、とやかく言わないことが大事だって。他人の生き方はその人本人が気づかないことには改められないんだと。何かを注意されても、その人にとっては迷惑でしかないんだって。そんなことより、自分を見続けるほうが必要だと書いてありました。意識を内面に向けると、物事の善悪を正しく判断できるし、他人の動きに惑わされて心がブレたりしないんだそうです。本当にそうだと思います。他人を変えることなんて到底無理なことで、でも自分を変えることはできるんだと思っています。自分が変わったから、他人も変わってくれたという経験は今までにもあります。時には先日のようなコラムを読むと、普段の意識を見直すきっかけになります。人生という作品は自分でしか仕上げられないんですよね。良くも悪くも本人次第です。

続編が読みたいです

小説を読み終わった時に、すごく清々しいとも言えるような感覚になることがあります。その終結に満足しているときです。けど、そうではなく、感動したり、面白かったなって思ってはいるけど、その続きはどうなるんだろうって、なんとなく気持ちの治まりが悪いように思うこともあります。気持ちの治まりが悪いと言ってもネガティブな意味ではありません。言ってみれば、続きを知りたいということだから、ポジティブな気持ちなんですよね。
実は先日もそうでした。今まで私にとって興味がなかったことや知らなかったことが題材で、そんな世界もあるんだなぁってどんどん引き込まれてしまいました。家でも通勤電車の中でも、職場でも、とにかく一気に読んでしまいました。読後はまるで、映画を観終わった時のような感覚でした。なぜなら、私の頭に中にはしっかりと映像があったんですもの。そして、小説の終わりは『完』ではなく『続く』という感覚だったんですよね。そしたら、なんと続編があったんです。私が知らなかっただけだったのかもしれませんけど、運よく見つけたんです。面白かったからその作家さんの他の本を読んでみようって探していたら、目に留まったんです。もちろん、買いましたよ。今、読み始めたところです。「なるほど」と思いながらワクワクしています。今後の展開が楽しみです。

冷蔵庫を開けたくなる小説

小説の題材が食べ物というものが時々あります。読んでいて美味しそうな物が出てきたら、思わず食べたくなります。スイーツなら仕事帰りに買って帰りたくなるし、お料理なら作ってみようかなって思う時もあります。小説のスゴイところは、文字だけなのにいつもその気にさせるところです。映像も匂いも音も、そして味や手触りまで感じる事ができるんだから、我ながら驚いてしまいます。実は今、すごく読んでみたい小説があるんです。先日、見かけた本の紹介の記事にあったものです。何がって、その紹介記事のタイトルに興味が湧いたんです。だって、『夜中に冷蔵庫を開けたくなる小説』っていうんですもの。明らかに食べ物系だということはわかります。けど、「一体どんな物語り?」って思いますよね。でも、記事に書いてあった主人公の様子が目に見えるようで、すごく可笑しくて。何とも滑稽で愛すべき人物なんです。その主人公に会ってみたいという衝動が湧きました。そして、それを読んだら果たして本当に冷蔵庫を開けたくなるのかなという点も確かめてみたいところです。早く読みたいという気持ちが、早く食べたいという気持ちに何だか近づいているような不思議な気持ちです。近々、書店で探します。もし、見つからなければ取り寄せてでも読まなくっちゃ。

著作権法って……

先日、職場の人から「ちょっとこれ見て」と言われて読んだ記事があります。それは著作権法に関する記事でした。「なんだか難しそう」という気持ちから、思わず読む気が失せるのを必死で持ち上げながら読んだんです。けど、それはかなり大事な内容で、ビックリしました。今は無断で結婚式や披露宴の時にBGMを流すことが出来ないんだそうです。申請をして許諾を取って、料金を払わないといけないんです。いつからそうなったんだろうって、なんだか不思議な気持ちでした。学生の頃なんか、平気で何でも曲を使っていたような気がします。その頃からそうだったのか、そうでなかったのか、最近になって厳しくなったのか。けど、そういえば 、いつからかネットでも勝手に音楽のダウンロードができなくなったことを思い出しました。必ず課金されます。それが著作権法の関係なのかな。自分が買ったCDであっても公の場で流すのはダメみたいなんです。まぁ、家で自分だけで楽しむのは、もちろん関係ないんですけどね。
本はよく読むけど、法律は苦手です。その手の本はまず読まないですもの。けど、「知らない」では済まされないことって、やっぱりありますよね。その著作権法だって、刑罰や罰金は相当なものだったんだもの。常識的なことは、やっぱり意識しておかなきゃいけませんね。

それは童話の中に

子どもの時には誰でも絵本を読んだと思います。私も小説を読み始める前、読書のきっかけは幼い頃の絵本でした。絵本には日本の昔話をはじめイソップ物語やアンデルセン物語、そしてグリム童話などが代表的です。子どもたちが楽しむためのものです。そのほとんどが勧善懲悪で、良い行いを勧めて悪を懲らしめる物語です。
それらには、実はビジネスで成功するための教えが沢山あるんだとか書かれた記事を先日読んだんです。『ビジネスマン向けに童話の読み方を説いた本』の著者に焦点が当てられていました。そこに取り上げられているのは『桃太郎』のお話しです。なぜイヌとサルとキジは桃太郎の鬼退治という難事業に賛同したのか……と考察してあるんです。考えられるのは、きび団子という報酬以上に、悪い鬼をやっつけて村人の宝を取り返すという志に共感したからだと著者は指摘しているんです。そう言われればそうですよね。桃太郎がいくらきび団子をあげても、彼の私利私欲のためであれば、家来にはならなかったでしょう。やりがいのあるプロジェクトだったから、『桃太郎』というリーダーについていったと考えられるって。確かに筋が通ってますよね。今の社会にもぴったりあてはまります。成功している人は、きっとこの理屈にあてはまったリーダーシップを取っているんだと思います。そう考えたら、本当に童話の中には色んなヒントがありそうに思えてきました。大人の思考でもう一度読んでみると、きっと新たな発見があるに違いありません。

読破した時の達成感

紙の本と電子書籍との違いだとか、どちらが良いのかという論議はよくあります。それぞれにメリット、デメリットがあるから、その時々で使い分けるか、もしくはどちらか自分の好みの方を選ぶか、ということだと思います。私もそれはいつも悩むところで、どちらにも利点はあるから、使い分けている方になります。でも、好みから言うと紙の本の方が好きです。実際に読んでいるものといえば、断然そっちが多いですから。
この前、読んだ記事にもそれについて書いてありました。そこには、シリーズでの大著に関しては絶対に紙の方で読んでほしいと書いてあったんです。そこで紹介されていたものは、なんと43巻ものハードカバーでした。その内容にも依るんだと思いますけど、手に取る『物』としての感じをしっかり味わいながら読んでほしいと。指が触れている感触やページをめくった時に脳の神経を刺激する瞬間が精神的に自分の感覚をチューニングできるんだとか。そういう難しいことはよくわからないけど、43巻もの大著の場合は、読み切ったという達成感が紙の本の方が絶対に大きいと思います。全体を振り返る時にも、振り返りやすいです。電子書籍の場合はどれほどの大作だったのかが目に見えるものがありません。もちろん、コンピューター内の本棚にはあるにしても、そこは実物とは雲泥の差でしょう。これに関しては、紙の方に一本というところですね。