本屋さんでもらうブックカバー

本屋さんで小説を購入したときに「カバーをお付けしますか?」と聞かれることは多々あります。その時に私はちょっと悩んでしまいます。付けてもらっても、表紙を見せて本棚に並べたいので家に帰ったらそのまま捨ててしまうことが多いし、必要になれば、自分で買い集めた布やレザーでできたブックカバーを付けます。「だったら最初からいらないって言えばいいじゃないか」と言われるかもしれませんが、考えてみると、小説や文庫を買った時だけその本屋さんでしかもらえないという限定感を考えると欲しくなってしまうのも正直なところです。また、袋だとかさばるときにもブックカバーだけにしてもらうと持ち運びやすくなります。
そう言ったことを考えて付けてもらうと、帰宅してから外してそのまま捨ててしまいます。少しもったいない気もしますが、やはり表紙を向けていたいのでそうしています。なんとなくインターネットで調べてみると、私と同じ考えをしている人は結構いるようで、もらわないという人や、家に帰るまでの包装にする、や、そのまま日焼け防止に使うなどの意見がある中、折り紙のようにしてごみ入れなどに使うなどの話もあり、なんだか感心してしまいました。しかしこれからも悩むかもしれませんね。

本が繋いだ人との絆

学生時代、私はお昼休みなるといつも図書室にいました。本が好きだった、ということももちろんですが、図書室に居る司書さんとお話をするのがとても楽しかったのです。図書室に行くといつも歓迎してくれた司書さんとは色々な話をしました。最近読んだ本や好きな作家の話、図書室に入れてほしい本の話など様々です。たまに司書さんが「こんな本を入れてみたよ」とおすすめしてくれることもありました。ほぼ毎日話しているので、進めてくれる本はいつも私の好みに合うものばかりでした。読み終えたら返却すると同時にその感想をずっと話します。今から考えてみれば、司書さんの仕事を邪魔していたのかな?を思ったりもしますが、楽しそうに聞いてくれていたので、私も嬉しかったのを覚えています。
私が卒業するときに、司書さんと連絡先を交換しました。現在では年賀状の交換やちょっとした文通くらいでしか交流ができていませんが、そんな時でも会話の内容は、「こんな本を読みました」や、「この本が気になっています」といったものばかりです。学生時代は生徒と先生の関係でしたが、今では仲良しの友達のように思い合っています。いつか会うことができたら一緒に本屋さんに行きたいと思っています。

フリーマーケットに行ってきました

この間買い物の帰り道に、近所の公園でフリーマーケットを開催しているのを発見しました。たくさんの人が訪れており、賑やかな雰囲気だったので私も立ち寄ってみました。個人が一定のスペースで持ち寄ったものを販売しており、ラインナップはさまざまでした。着なくなった服や、使わなくなったおもちゃなど思わず見てしまうものがたくさんでした。もちろん値段もリーズナブルで、ついついたくさん買ってしまう人もたくさんいました。とあるブースでは古本をたくさん並べている人が居て、立札を見ると「どれでも10円」との文字が。驚いて売っている人に聞いてみると、「古い本ばかりだから欲しい人に譲りたい」とのこと。私は喜んで本を選び始めました。眺めていくと珍しい本がたくさん見つかり思わず片手じゃ持てないほど買ってしまいました。
入れてもらった袋を持ちながら会場を歩いていると、今度は手作りのアクセサリーを販売している人を見つけました。アクセサリーはイヤリングやブレスレットなどのほかに、しおりがあったのですが、そのしおりがとてもきれいで可愛らしく、思わず二つも買ってしまいました。会場を出るときには、両手がふさがっており、家に帰り着くととても疲れていましたが、次回も開催されると聞いて今度は大きなバッグを持って行こうと決意しました。

読書と感情の関係

読書をすると色々な気持ちになることが出来ます。楽しい物語を読めば楽しく、悲しい物語なら悲しく、となんだか単純な人間のように思われてしまいそうですが、それだけ感情移入ができるのは自分がしっかりと読書できているからだと思っています。
この間は家族を題材にした本を読みました。家族愛に溢れたその物語は私に郷里愛を覚えさせ、読み終わった後は何となく母の声が聴きたくなりつい電話を掛けてしまいました。電話先で母はとても喜んでくれ、今度帰省することになりました。後々考えると最近実家に帰れてなかったので、丁度いいと思いました。
また、ほかにも甘いラブストーリーを読んだ後には恋愛がしたくなり、ちょっと気になる会社の人にささやかなアピールをしてみたりと、本当に小説に左右されている自分が面白くなります。読書が好きな人は結構そんなことを思う人が多いと知ったのはつい最近で、あまり読書の趣味が合わない同僚から言われたからでした。驚いてついついはしゃいでしまいましたが、そのおかげで苦手意識を持っていた同僚と打ち解けることもできました。読書をしていて持ってはいけない感情なんてないんだと実感しました。これからはこの感情をしっかりと利用して、気分が落ち込んだ時は楽しい物語を読むようにしてみます。

推理小説の楽しみ方

推理小説を読んでいると、たまに人から「読んでいて頭が疲れない?」と聞かれることがあります。人によって推理小説を苦手とする人が居るようで、その理由を聞くと「トリックなどを理解するのが難しい」と言うのです。
テレビドラマなどで推理物が放映されていても、映像であればそのトリックもわかりやすく、ストーリーの方へ集中することができます。しかし小説になれば、文章を追って行き、自分の中でキーワードをピースにして組み立てていかなければなりません。また、それにトリックが加わればそのピースを今度は歯車のようにうまく組み合わせる必要があります。いくら文章の中でつらつらとトリックを語られても。こちらが理解しなければ同じことですよね。しかし、それを組み立てる楽しみというのが推理小説の面白さだと思っています。何気ない登場人物の一言や、主人公の推理と共に自分なりの答えを出してみるというのもいいですね。
さらに時折「推理小説は読み終わったらもう犯人もトリックもわかってるから読めないんじゃない?」と言われることもありますが、私は犯人もトリックもわかった後にまた読み返しては冒頭からどんなヒントが隠されているのだろうとまるで答え合わせをするような気分で呼んでいきます。人それぞれの楽しみ方がありますが、推理小説が苦手な人はぜひチャレンジしてほしいです。

デートで行く場所に迷ったら?

私が学生の頃にはまだまだ稀なケースでしたが、最近はネットで知り合った人と友達になったり恋人になったりという事が増えましたよね。特に、婚活サイトなんかを利用したりすると、初めましてがイコールデートになるわけですから、なかなか緊張しますよね。さて、デートに行くにもどこへ行こう?と悩むこともあります。行きたいところがない場合ももちろんですが、どこに行けばいいか皆目見当もつかないなんていう人も多いのでは?特に文学好き、本好きは恋愛に無頓着な人も多くて、どこへ行くのがふさわしいのかすらわからない!なんていう純情な人も。
そういう方は、自分の好きな作品に登場した場所を巡ってみるのはいかがでしょうか?昔から、実在する場所を題材にしてたくさんの物語が紡がれています。相手も本が好きな人なら、ここはこの作品に出てきて、なんていう話で盛り上がると思いますよ。相手が普段本を読まない人なら、ここはこういう作品に出てきた場所で、一度訪れてみたかったんですよ~と話せば興味を持ってもらえるかもしれません。本を貸してあげれば、確実に返すときにもう一度会えるので、良い作戦だと思います。とはいえ、恋愛系の作品を選ぶようにしてくださいね。間違ってミステリー系を選ぶと、「ここで○○が殺されて…」なんていう物騒な話題になってしまいますからね。

流行は流れてこそ!

時々、深夜アニメを見ます。ぼーっとテレビを見ていると始まるので、そのまま見ているだけなんですけどね(笑)でも、時代を感じるようになりました。ライトノベルとかもそうなんですが、わたしがはまっていた全盛期の頃って、世界観も何もかもそっくりそのままファンタジーなものが多かったんですよね。魔法が使える世界だったり、ロボットで戦争をしていたり・・・。でも、最近の作品って、今私たちが生きている世界をベースに、そこにファンタジー要素を足したものが多いと思うんです。やっぱり、流行廃りがあるんですね。当時はまっていたライトノベルなんて、主人公は最初から天才魔法使い!みたいなやつでしたけど、最近は主人公はどっちかというとヘタレといわれるような落ちこぼれ系が多いようですし・・・。友達と話していても、あの頃は~なんて話になってしまうので、年をとったよね、とどちらかがつぶやいて終わります。でも、そんなことを言い出したら私たちの親の世代には小説の主人公と言えば学生運動の中心人物で~とか、実在しそうな人をモチーフにしたものが多かったんじゃないかと思います。私たちが読むと逆に新鮮だったりするんですよね、意外と。そう考えると、いろいろな変遷を経ていても、時代を超えて楽しむことができるってなんかいいですよね。100年後、私たちがはまっていたファンタジーもそういう扱いになるのかなあ(笑)

本の影響のタイミングの良さ

友人には恋人がいました。友人に言わせると、「とても優しくて、アクティブな人で、いつも朝早く起きては一日に予定をいっぱい詰め込んで、夜になったらしっかり疲れてぐっすり眠ってしまう、じっとしていられない人」との事でした。私もたまに一緒に夕食を食べたりしていたので、彼の人柄はなんとなくはわかります。
先日友人から泣きながら電話がかかってきたので、何かな?と思って驚きました。すると「彼と別れた」と言うのです。ものすごくびっくりしました。
「どうして別れたの」と言うと、大泣きしている割には彼女から別れたというのです。どうやら、彼女の中で彼の存在が大きくなりすぎてしまって、いつも色んな所を駆け回っている彼を愛しているのに、側に居たいが為に押さえつけてしまうような形になるのが怖かったのだそうです。
「そんな、まだ起こってもいない未来への恐怖で別れたの」と言うと、最近読んだ本で恋愛のハウツー本を読んだそうで、そこに書いてあった内容が彼女の腑に落ちたようなのです。
ハウツー本を参考にして大好きな彼を手放してしまうなんて驚きましたが、ずっと悩んでいた事に対して府に落ちたのだから仕方ありませんよね。私から言える事が何もなくなってしまいました。
「でも私にとっても彼にとってもいい結果になる事は確か」だと彼女は確信しているようなので、彼はちょっと可哀想ですが、悩んでいた彼女が前向きになったようで良かったです。

文庫の帯、眼福です

私はいくつかの古本屋さんのサイトをお気に入り登録しています。先日その中のひとつで「文庫が揃いました」と写真をアップロードしてくれていました。何の文庫かは写真が小さくわからなかったのですが、帯付きでずらりと並ぶ、何十冊。画面上とはいえ、とても壮観でした。学生時代は帯つきや初版本にこだわったものでした。それは友人も同じで、何十年も前の本を古本で買い求める際にも、初版にこだわって、高価なものを探していましたっけ。しかもそれを読むときは、綿の白手袋を着用です。しかしいつの間にやら二人ともそんな時代は過ぎ去り、今は欲しいものを欲しいときに買って、素手で読む生活が日常化しています。気安くなったということですね。発売日に書店に走ることもなくなりました。でもそのせいで、本棚がさみしいのは事実です。昔は帯付きでずらっと揃っていたのになあと、今懐かしい本棚を思い出しています。社会に出ると自分でお金を稼ぐ分、本を買う余裕はできますが、毎日書店に通う時間も、じっくり読書をする時間もとることが難しくて残念です。作家買いもしなくなりました。でも、ああもきれいに揃った写真を見ると、帯ってやっぱりいいものですね。眼福でした。

映画館の待ち時間は小説で

映画館の待ち時間は小説を読むことにしています。最近映画や小説といった人が作ったものにとても興味があり、良く見ています。しかし、時には映画の公開時間が合わないこともあると思います。そういったときに強い味方になってくれるのが小説です。小説はコンパクトなので良く街に行く時などは携帯しています。時間に余裕ができればそれを読み、時間を潰すことが出来ますからね。
特に映画などは人気作品になると満席になっていることがあり、次のチケットの時間は一時間後や二時間後ということもあります。そういったときに友達と「どうするか」となることも避けられますし、映画を見る前に疲れてしまわないということも良いです。座って映画まで小説を読んでいるというのも楽しく、最近は小説好きな友人と良く映画を見に行っています。
また、小説が映画化されることも多くて、その小説を先に読んでおいて映画を楽しむというのも良いと思います。文章で構成された小説の世界を自分が想像して、それが映像になって飛び出してくるというのはとても刺激的で面白いことです。これに一度はまってしまったらもう二度と抜けられなくなりそうです。もちろん良い意味で映画も小説も中毒性が高いですね。