本を読む習慣

世の中には本の面白さを理解していない人もかなりいますよね。電車に乗ってるとけっこう読書をしている人はいますけど、全体からしたらやっぱりスマホを触っている人の方が断然多いです。そもそも読む習慣がないという場合もあるでしょう。子供の頃からその習慣があるならきっと今も習慣にしているだろうけど、そうでなかったなら急に変わるのは難しいのかもしれません。
けど、先日、新たに読書を習慣づけることを勧める記事を見かけたんです。ちょっとした空き時間に本のページを開くようにするといいって。でも、いきなり、そんな風に言われても、今までしていなかったことなんだから、急にはなかなか楽しめないかもしれません。だから、ハードルをうんと下げる必要があるんだそうです。喫煙者が禁煙するときに、たばこに手を伸ばす代わりにガムを噛むのと同じように、一日に何度となく開くフェイスブックの代わりに、短いセンテンスに区切られた本を読むことから始めればいいんだと提案してありました。そうすることで、2週間もすれば本を手にする時間がどんどん増えていくんだそうです。確かに、実績のある経営者やリーダーと言われている人たちは読書家です。そこから得るものは多いし、思考の仕方もきっと変わってくるんでしょうね。
職場には、本には全くと言っていいほど縁がないという男性がいます。ちょっと誘導してあげなきゃ。

ボーっと過ごしてみたい

旅の本を見たり、テレビでホテルや観光地の紹介を見たりすると、やっぱり行ってみたいなって思いますよね。何にもしないでボーっと過ごせたらどんなにイイかなって。海外の海辺のハンモックで風を感じながら読書をするなんてホントに憧れます。ホテルの部屋で美しい景色を眺めながらダラダラ一日過ごすなんていうのも、魅力的です。いつか実行してみたいって思ってはいるんだけど、冷静に考えてみたら、私には無理なんだと思います。なぜなら、ボーっと一日を過ごすことに憧れてはいるものの、何もしないで時間を過ごすことが出来ないんですもの。時間を気にせずに読書を楽しみたいって思ってるくせに、じゃあ、何も予定のない日に本当に他のことをせずに一日中ただ本を読んで過ごすかというと、まずそれはないです。あれして、これして……そして、やっと読書の時間を確保する、なんてことになるんです。でも、これって、あくまで自分でそうやっちゃってるってことなんですよね。旅にでれば、何もしないという選択はしようと思えば可能です。けど、絶対に、ここに行ってあそこに行って、と考えてしまいます。よく『じっとしていられない人だね』なんて言われてしまいます。今度、本気で勇気を振り絞って、何もしないという選択をしてみようかな。好きな小説を読んで、疲れたらお昼寝して、好きなものを食べて……すごく贅沢な時間の過ごし方です。一年に一度くらいはやってみてもいいかも、です。

懐かしい詩

先日、たまたま読んだコラムに『山村暮鳥』の事が書いてありました。初めすぐにはどんな人だか思い出せなかったんです。もちろん名の知れた詩人だということはわかったんですけどね。そしたら、『雲』という詩が載っていて「おーい、雲よ」というあの書き出しを見て、「そうだった、そうだった」と思い出しました。初めてその詩を知ったのは、たしか国語の教科書だったと思います。学校で習ったときには、そんなに感動もしなかったように記憶しています。あまりに簡単で短い詩だから優れた作品だとは全く思えなかったんです。でも、先日、読んだときには、なんて素晴らしいんだろうって感動でいっぱいになりました。言葉の一つ一つが心の中にスーッと入って来たんです。コラムに載っていたいくつかの作品はどれも、短く何気ない言葉が並んでいるのに、そのすべてが優しく体中に淡く沁み渡っていくものでした。
彼は明治から大正時代の詩人で児童文学者です。と言っても、私は児童文学者だったことは今まで知りませんでした。童話や童謡を書いているんです。そして、小説や随筆までありました。今まで教科書の中でしか名前を知らなかった人なのに、急に興味が湧いてきました。もっともっと色んな作品を読んでみたいって思ったんです。本当に優れた作品は時代には関係ないんだと思います。

本音と建て前

この前読んでた小説に何度も出て来た『本音と建て前』。細かい心理描写が独特で人間の心の奥をすごくよく映し出してるなって感じられるものでした。だから、「心の中ではこう思うけど、表向きにはこう言っておく」なんていう表現が沢山あって、それ自体は賛同しがたいけど、大人の社会ではよくありがちな事だと思います。社会はある意味、それで成り立っているとも言えます。けど、そのことをどこかで公表してしまうと、そこから問題が発生したり誰かを傷つけたりするかもしれません。
私はまだ幼い、幼稚園の頃に、大人には『本音と建て前』があるんだと知ってしまった出来事がありました。もちろん、そのときにはそんな難しい言葉は知りません。でも、「大人の言うことは信じられない」と思ったんです。何があったかと言うと、その頃、近所の私より年下の子でよく遊んでいた子がいたんです。名前は忘れてしまいました。幼い私は遊びに行くときに時間など気にしていなかったから、ちょうどお昼ご飯くらいのこともあったようです。遊んでいたらその子のお母さんが「お昼ご飯をいっしょに食べよう」と言ってくれていたんです。今でも覚えているのが、カットしたキュウリにマヨネーズがかかったものです。おかずは他にもあったと思うんだけど、家ではキュウリをそんな風に食べていなかった私には珍しくて嬉しかったんです。でも、しばらくしたら母から遊びに行っちゃダメって言われたんです。そして、母の口から出てきたのは驚きの言葉でした。「○○ちゃんのお母さんがお昼ご飯のときに遊びに来るから、ごはんの用意をしないといけなくて大変だ」って近所の人に話してるって。「いっしょに食べよう」って言ってくれてたのにって、幼いながらショックでした。そして、私は大人には『本音と建て前』があると知ったのです。キュウリは今も好きだけど、時々、思い出すのです。だから、キュウリは私にとっては『本音と建て前の味』なんです。

おもしろ「土佐日記」解説

読書が好きだけど、専ら現代文で古典にはほとんど触れていません。でも、たまに小説の中に取り上げられていたり映画に取り上げられていると興味が湧きます。
先日、かの有名な『土佐日記』について、ある記事を読んだらすごく面白かったんです。記事の筆者の解説が楽しいったらないんです。学校で習った時のような解釈ではなくて、現代に当てはめたものだから本当に笑えました。記事を見かけた時『女装おじさんの旅日記』となってたから、一体どんな内容なのかと思って見たら『土佐日記』だったんです。たしかに、『土佐日記』は、「私は女だけど文章を書きますよ~」という書き出しでしたよね。でも、紀貫之は明らかに誰もが知る男性ですものね。当時は男性は漢字、女性はひらがなを使う文字のルールがあったから、貫之はひらがなでの文章を書くために女性になり切って書いたんだそうです。でも、そこには女性なら絶対にこんなことは言わないだろうという『おやじギャグ』や『ダジャレ』が散りばめられているんですって。筆者独自の現代語訳が、とびっきりの出来でした。思わず声に出して笑ってしまったんですもの。電車で読んでなくて良かったと思ってしまいました。昔の文学も教科書みたいな解釈ではなく、現代風に解釈すると面白さが倍増します。苦手な古典だけど、ちょっと足を踏み入れてみたくなりました。

映画化してほしい小説

映画化される小説やコミックって、どうやって決まるのかな。読者からの要望なのか、制作会社が撮ってみたいって思うのか、その辺のことは全く知らないんだけど、興味はあります。映画化が決まって、その評判を聞いて原作を読んでみることが結構あります。でも、小説を読んでいるうちに、これを映画化してほしいなって思うこともあるんです。人間模様が面白い場合は特にそう思います。それは、いつも読みながら物語の中の風景や状況に自分も溶け込んでいたり、すぐそばで見ているような感覚だったりするんです。けど、その情景の中にどんどん引き込まれる時には頭の中にある映像を引き出したいって強く思います。まるで、今まさに映画を観ているように思うことだってあります。そんな時には、スクリーンを頭の中に描いていて、スクリーン上のタイトル文字までイメージして見えることがあります。
この前、読んでた小説も映画にならないかなぁって思っています。ハッキリとタイトル文字が頭の中に浮かんでいます。時空を超えるストーリーだから絶対に楽しめると思うんですよね。登場人物の配役まで一部は決めています。って、「関係ないじゃん」って突っ込まれそうですけどね。でも、もし、本当にそうなったら、封切り早々劇場に観に行くことは間違いありません。

漫画だからって侮れない

30秒で泣けるって話題の漫画があります。一話ずつは本当に短いものなんだけど、その中にすごく世相を映してるんです。だから、その内容には深く考えさせられるものが多くあります。世の中で起こった事件を取り上げてるときもあれば、賛否両論があって世間で話題になっていることが題材のときもあります。
先日、その漫画を久しぶりにまとめて読みました。最近の出来事の考察とでもいうようなその内容に心を打たれました。「あの事件からこんなことが反省できるな」とか「世間ではこんなことをよく言われてるけど、本当にそうなんだろうか」など、問題提起をこちらに投げかけてるように思われます。読んだことでその内容を自分のことのように受け取って考えたりするのって、まるで小説のようです。もちろん、漫画だから気軽な感じなんだけど、訴えてる内容は奥が深く、なかなか侮れないなっていう印象です。
世の中の流れに意見をするって、すごく勇気がいることだし、反感を買ったりもすることです。でも漫画だから、そこは重たい問題であっても受け入れやすいのかもしれません。ややもすると、あたり前になってしまっていることに問題提起をしているところが素晴らしいと思います。「確かにそうだ」って思って改めて気づくことも多いんですもの。無意識に話していることで他人を傷つけていないか……よく考えてみたら、一般的によく耳にすることだって、そうとも言えないということもありますしね。この漫画を読むことで、自分の心に問い掛けるきっかけになるんです。

子供に読ませたい本

芸能人の中にも読書家の人は結構多いですよね。インテリと呼ばれている人も多いです。そんな中、ある芸人さんが本をピックアップして紹介してる記事を先日、見かけたんです。その人は高学歴で、いつもインテリ芸人と呼ばれています。けど、面白いのは彼が紹介していたのが『子供に読ませたい5冊』というものだったんです。だって、彼は独身だし、結婚の噂もないんですもの。でも、記事を読んでみると、それらの本は彼自身が小学校、中学校、高校のときに影響を受けたものでした。ひとつのエピソードとして、塾の国語のテストの問題文として初めて読んだ詩があまりの衝撃で問題を解くどころではなかったと書いてありました。それって、すごい感性だと思います。ただ者じゃないなって思えますよね。ピックアップも独自の観点からで、児童文学などは「世の中は綺麗ごとばかりではない」ということを表している物語が紹介されています。彼自身、学生の頃に作家を目指していたこともあるんだそうです。けど、紹介している小説のひとつを取り上げて、あまりの素晴らしさに自分にはこんな面白い文章は書けるわけないと打ちのめされて作家になることを諦めたと書いてありました。記事からは彼が本当に文学的な人間なんだと強く感じます。そして、彼が紹介している5冊。私も読んでみたいです。

その時間を有効に

先日、車の点検に行ってきました。半年に一度の定期点検だけど、いつも待ち時間が楽しみなんです。その時間を有効に使いたいって思ってるから、やらなきゃいけないことがあれば、持ち込んで待ってる間に片づけてしまうこともあります。ドリンクサービスがあるから、なんだか寛げたりもするんですよね。それに、色んな種類の雑誌や本が置いてあるから、それを読むことも楽しみです。先日は料理雑誌を読みながら点検が終わるの待つことにしました。仕事から疲れて帰って来ても簡単に作れて美味しそうなメニューがないかと思って。もちろん、コスパも大事です。ページをめくると、安価な鶏のむね肉を使ったメニューだけでもいくつも載っていました。すごく簡単なのに写真を見ると手の込んだ料理に見えるものばかりで、思わずスマホで紙面の写真を撮りました。なんて言ったって美味しそうなんですもの。そして、そんな雑誌でさえ、一言一句も漏らすことなく読んじゃうのは、普段小説を読んでる習慣からですよね。我ながら、「雑誌なのにこんなに真剣に文字を追う?」と可笑しくなりました。ふつうは雑誌なんてそんなに時間をかけて読まないと思うんだけど、私の場合は車の点検が終わったときには、その雑誌、まだ半分も進んでいませんでした。後半に目を通してないことが心残りだったんだけど、「お待たせしました」って言われてしまって諦めて本棚に戻しました。点検を終えたピカピカの車は快適だったけど、ちょっと後ろ髪引かれる思いでの帰宅になりました。

いくら寝ても眠たいのは

最近、寝足りないのなってすごく思うんです。やらなきゃいけないことがあって深夜まで起きていたり、朝早く起きる必要があったりです。そんな日はもちろん、仕事中に睡魔と戦うことになります。知らない間にパソコンのキーボードを連打してることがあって、ハッと気づいたときにビックリです。恥ずかしくって思わず周りを見てしまいます。これとよく似たことは学生の頃にもありました。当時はノートに向かってて、気づいたら、なんだかワケわからないヒョロヒョロの線が無数に書いてあったこと。でも、たまに、十分寝てるはずなのに我慢できないくらい眠くなってしまうことがあります。それは起きるタイミングの問題かもしれません。先日、読んだ記事に書いてあったんです。人間には起きるタイミングがあるらしいんです。それは眠りに入ってから、4時間半後、6時間後、7時間半後なんだそうです。ちょうどそのタイミングでレム睡眠、つまり浅い眠りになるから、そこで目覚めればスッキリと理想的な目覚めになるんだって。たった4時間半でも理想的っていうのがビックリですけどね。けど、この時間を逃してアラームで起きたのなら、スッキリと起きられていないのかもしれません。だから、十分寝たはずなのに、いくら寝ても眠たいなんてことになるのかも。そのタイミング、ちょっと心がけてみようかな。