一人の力ではどうにもならないこともある

年を重ねてゆくと「一人で何でもできるのだ」という錯覚に陥ることがありまるものです。好きなものを食べて、好きな人と供に時間を過ごすこと、観たい映画を鑑賞することなど楽しいことがたくさんあるからかもしれません。その反面、責任ある行動や自立することも同時に覚えてゆくものだと感じます。特に「自分の責任は自分で取らなければ」という妙な責任感にさえなまれてしまうことがたまにあり、それが生き方をがんじがらめにしてしまうこともあるような気がするのです。確かに他者に迷惑をかけるのはいいことではないかもしれませんが、助け合う精神も必要です。しかしその兼ね合いがとても難しくて、悩む場面にも遭遇してきました。様々な経験を経て辿り着いたことは、どんなにタフで強靭な心を持っていても、自分の力だけで全てをやり遂げることはできないということでした。そのため時には誰かに頼る事、弱さをさらけ出すことも必要なのだと思ようになりました。今では弱さを他者に見せることは、強さだと感じています。
以前読んだ書籍に「人に借りを作らずには生きられない。もし借りを作ったのであれば必要な時に返してゆけばいい」と書かれていました。助けてもらった誰かにその恩を必ず返すことができるとは限りませんが、支えが必要な人が現れたのであればその方の助けになることで借りはチャラになるということでした。この本を読んだ時、どこか肩の荷が降りた、意気込まず生きてゆくことを知る糧にもなりました。がむしゃらに頑張らず周囲と歩調を合わせてゆくこと、社会に共存することの意味をより深く考えるようになったのでした。

義理人情がたっぷり詰まったマンガを胸に眠る夜

夜眠る前の至福で幸せな時間は大切にしたいものです。私はそんなこの上ない幸せを味わう一つの方法として読書を取り入れています。小説や随筆など様々な本を手に取っていますが、ここ最近はマンガを読んでいます。その作品は一話完結の夜に開く食堂のお話です。この物語は美味しい料理はもちろんのこと、骨身にしみる人情と男と女の心情がしっとりと描かれており、心に深く響きます。本当に作品に出てくる食堂で常連客と一緒にご飯を食べている気分になるのも不思議なものです。また登場する料理も庶民的で身近なのも乙だと感じます。
さて昨晩このマンガを読んでいたら、近しい女友達のことを思い出しました。今から5年位前に出会い、よくお酒を一緒に飲んだものです。時には赤提灯灯る酒場で、またある時はファミレスと場所を変えながらもお互いのことを語り明かしたよい時間を過ごしてきました。そして彼女もまたこの作品の大ファンで、新刊が出る度に二人でよく話したものです。友人は「義理人情たっぷりなストーリーが心優しくて胸が熱くなる」と語っていました。あれから年月が経ち会うことも少なくなりましたが、これを機会にまた連絡しようかと考えています。熱燗片手に美味しいつまみと楽しいネタがあれば、またあの頃に戻れそうだと感じるからです。そんなことを考えていたら寝落ちしてしまったようで、気が付いたらあっという間に朝を迎えていました。そんな夜もたまには貴重だと思いつつも、また新しい一日が始まるのでした。

小説の余韻に浸りながら考えたこと

小説を読み終える時、エンディングを前にしてとても寂しく思う時があります。少しの期間かもしれませんが一つの作品に身を置き、慣れ浸しんだことにより登場人物やストーリーに深い愛着を抱くからでしょうか。今朝読み終えた小説もまたそんな余韻がいつまでも残る作品でした。そのため朝の温かな太陽の光がいつもと違って見えたような気がしました。
この小説には、登場人物達の日々の生活に起こるささやかな喜びや悲しみが優しく綴られていました。それらは温かみを帯びながらもずっしりとした切なさが宿っているため、心にじんわりと響き続けています。また日々の営みの中に必然と起こる死や思いがけない出来事がいかに心の奥に沁みるように残り、その後の人生に影響してゆくかを考えさせられました。そして今まで培われた私自身の過去についても一つずつ紐解かれてゆくような感覚を覚えたのでした。
日々の暮らしは単調かもしれませんが、毎日刻々と変化は訪れるものです。忙しく暮らしていると小さな変化を捉えることは難しく感じるかもしれませんが、少し身をひそめて自分の心と向き合うことで、変わりゆくことに敏感になるのではないかと感じます。この小説は「現在進行形で起こっていること」「過去のこと」を受け入れながら、今を生きる術を教えてくれたように思うのでした。

小雨混じりの夕刻のこと

小雨が降る夕暮れに散歩をすることにしました。降り立ったのは学生街でした。ここには中古レコードを売る店や楽器屋、少し足を伸ばすと古本屋街もあります。昔から大好きな場所でもあったため、雨にも負けず懐かしい気持ちに後押しされながらお目当ての喫茶店へと足を進めたのでした。途中一度は行ってみたいカレー屋があり、ここにいつか来ようと決心をしながらずんずんと歩き続けました。そして大きな交差点が辿り着き古本が並ぶ軒先の明かりが見え始めた頃、私の心は童心に変えったように生き生きとし始めたのでした。そんな気持ちに誘われるように、目に飛び込んできた本屋の外に置かれたラックから今の気分にあった書籍を2冊ほど購入して喫茶店のドアをくぐりました。小腹が空いていたためコニャックたっぷりのチョコレートケーキとブレンドを頼み、店員さんがカウンター越しにコーヒーを入れている姿を拝見しながら出てくるのを待ちます。ほのかに香るコーヒーの匂いがまた心地よさを醸し出し、私の幸せ度数は頂点に達しました。もちろんケーキもコーヒーも美味しかったこと言うまでもありません。この日の散歩を経験してから、またこんな夕刻を過ごしたいと日々願う私がいます。それを実現するために毎日頑張っているといっても過言ではありません。

心と体にささやかなエナジーチャージをすること

数年前から単行本化されると必ず購入するマンガがあります。それは朝食を愛するアラサー女性達が登場する作品です。読み始めた当初は紹介されるお店が私のツボであり、おしゃれで華やかなところが好きでした。毎号読み進めてゆくうちにこのマンガへの気持ちが少しずつ変化してゆき、最近では「働くこと」「恋をすること」「友達とのこと」などもっと深い部分が描かれているところに魅かれています。おしゃれでいつも素敵なお洋服を着ていてきらきらしている彼女達は、将来や結婚についての不安を抱えながら幸せを模索しています。また結婚して子供を持つことで生まれる葛藤もあるのです。毎日充実して楽しそうにしていても、目の前にあることや未来のことに思いを巡らせながらみんな生きているのだと感じたのでした。それぞれの立場で生きる女性達が、ささやかなご褒美として、元気を注入するために美味しい朝食を摂り「また明日からがんばろう」という活力に変えてゆくところに魅力を感じたのだと思いました。
このマンガに習っていいことがあった週末に、カフェでモーニングを食べてみました。サクッとしたピザトーストと入れたての香ばしいコーヒーは、美味しくて優雅でいい時間を与えてくれました。生きてゆく中でままならないことは色々ありますが、「この時間が幸せ」という何かを持つことで頑張れることもあります。そんな楽しみを持つことは輝きを与えてくれると思いました。

明るいお月さま

先日、夜遅くにワンコのお散歩に行きました。その日、ワンコは静かに寝ていたから、寝る前のお散歩は行かなくても大丈夫かなって思っていました。それなのに、そろそろ寝ようかと思っていたら、鳴き始めたんです。思わず「今から?」と、ちょっとめんどくさいなって思いました。でも、朝までオシッコを我慢させるわけにもいかず、仕方なく出かけることにしました。「もっと早めに言ってよね」とついブツブツ文句を言ってしまいましたが、そんな私にはお構いなしで、ワンコはぴょんぴょんと飛び跳ねて外に出て行きます。一旦出てしまうと、それまでの面倒な気持ちもなくなって、それなりにお散歩を楽しめるんですけどね。そんな時間にも関わらず同じようにワンコを連れてお散歩をしている人にも出会います。でも、昼間とは違って、ちょっと駆け足をすると足音が夜の空気を伝って響きます。ふと、「今日は明るいな」と感じて上の方に目を向けました。そしたら、まん丸には少し足りないお月さまが見えました。お月さまってこんなに明るかったかなと眩しいくらいでした。もちろん、表面には模様が見えます。『月にはウサギ』というのが、子供のころの絵本から得た常識です。でも、ふと、他にも月の物語を読んだことがあったなぁって思ったんです。いえ、そんな気がするだけで、思い出せないんです。キツネが出てきたような……。綺麗なお月さまを見ながら私は記憶の糸を手繰り寄せようとしましたが、わからないまま帰宅しました。いまだにモヤモヤしています。どんな物語だったかなぁ。

初々しい気持ちが蘇った絵本の読み聞かせ

小さな頃に絵本に慣れ親しんだ記憶があります。今こうして書籍が生活の一部になっているのは、家族が小さい頃に「読む楽しみ」を教えてくれたからだと感じています。
女友達の3歳になる愛娘はよく家族で図書館に行き、たくさんの絵本を借りてくるそうです。それは休日の日課として習慣付いており、眠る前には必ず読み聞かせをするとか。先日友達のおうちへ遊びに行った時、その女の子と一緒に遊ぶ機会がありました。ブロックを使って電車やおうちを作り、おままごとをして最後に絵本を読むことにしました。私は緊張しながら声に出して、一つ一つの言葉を発したのでした。簡単なことだとだと思っていましたが学生時代の国語の授業が頭をよぎり、緊張してしまったことを覚えています。しかしながらせっかくの大役を預かったこともあって、登場人物になり切ってみました。お父さんお母さんのように上手には出来なかったかもしれませんが、とても喜んでくれて無事2人だけの朗読会は幕を閉じました。
その時の作品は私が幼い頃から慣れ親しんでいたもので、ワンパクな白猫がお友達と遊ぶユニークで可愛らしい物語でした。何だか童心に返ったような気持ちになり、感慨深さがこみ上げてきたものです。そして「本とふれあうことはやっぱり楽しい」と心から感じたのでした。

まさか……いえ、当然

最近、うちのワンコが鳴き続けることがあります。お散歩もごはんも済ませてるのに、なぜかこっちを見て訴えるんです。仕方なく、もう一度お散歩に出ることもあります。けど、どうも違うみたいなんですよね。喋ってくれないからわかりません。「一体、何が言いたいの?」と頭を撫でてみるけど話してはくれません。子供の頃に読んだ絵本では、犬はちゃんと自分の気持ちを話していたんですけどね。絵本の中の動物たちは、犬に限らず普通に人間と話をしますものね。
こんなことを考えていたからか、夢を見てしまいました。覚えているのはうちのワンコを抱っこしていて、ふと見たら首元の毛が抜けて地肌がぽっかりと顔を出してる場面からです。「こんなになってるなんて大変! 急いで病院に行かなきゃ」って私は大慌てでした。そしたら、ワンコが病院に行く前にウンチがしたいって言ったんです。私はその声を聞いて、「喋れるようになったの? すごいじゃない!」って言いました。けど、とにかく、急いでトイレを探すことが先です。でも、なかなか見つからないんです。そうこうしているうちに、ワンコが「もう出ちゃった」なんて言ったんです。うわぁ、間に合わなかった。でも、なぜかいつの間にかテレビのCMのようにオムツをしていました。けど、今度はオムツを交換する場所を探さなくちゃいけません。あちこち探し回ってるところで目が覚めました。「まさか」とベッドから起き上がって見たら、ワンコはオムツなんかしていませんし、喋りもしませんでした。当然です。願望は、絵本や夢のようには叶いませんよね。そして、夢はいつもどこか支離滅裂です。

お昼時の本屋さん

友達が働いている会社が入っているビルには、ショップエリアがあるそうです。そこには100円ショップや旅行代理店、コーヒーショップにアイスクリーム屋、飲食店など幅広いラインナップのお店が並んでいるため、昼休みを過ごすには最高の場所だと話してくれました。どのショップも無くてならない存在らしいのですが、取り分け本屋がお気に入りらしいです。マンガや雑誌、小説などのジャンルがくまなく網羅されており、ランチを食べた後に立ち寄って書籍をチェックするようにしていると話してくれました。また彼女のような人は多いらしく、そのビルや近隣で働くサラリーマンやOL達が真剣に本を選んでいる姿をよく目にするとのこと。その友人も私と同様に読書を愛しており、立ち寄ったついでに購入することもしばしあるそうです。読書好きにとって、気軽に立ち寄ることができる本屋が近くにあることはありがたいものです。またラインナップが豊富であればあるほど、たくさんの作品と出会うことができるのも嬉しいことだと感じます。
私も彼女の話を聞いてからというもの、昼時に書店へ足を運びたくなりターミナル駅にあるブックストアへ行ってみました。近くのビルから出てきたオフィスカジュアルに身を包んだOLやサラリーマン達の姿を目にしていると、思い思いの休憩時間を過ごしていることに好感が持てました。みんなどんな作品を買うのかと思いを巡らしながらも、いつしかカーディガンを肩に羽織り、財布を持ってお洒落なカフェでランチをしているOLの姿が浮かんできました。そんな時、小脇に海外文学の単行本などを抱えていたら粋だなと思うのでした。

平成生まれのノスタルジックな小説達

本日完読した本には、文章を書く仕事を生業にしている方々が手掛けた作品が詰まっていました。今からおよそ20年前に発売されたもので、平成に突入してまだままない頃に世に出回った本でした。イラストと小説から構成されており、ノスタルジックで人々の繊細さと心の移り変わりを描いたものが多かったことが印象に残っています。そして20年の歳月は社会的にも自分自身も大きく変動を遂げたことを強く感じたのでした。
鉄道会社のキャンペーンの一環として、中吊り広告のポスターに連載されていた小説が集約されたということもあり、電車にまつわるものやその風景が題材になった小説からは、訪れたことのある駅や見たことのある町並みを思い出すきっかけともなり、非常に親しみを感じることができました。著者も今や音楽プロデューサーとして断固たる地位を確立した男性や散歩や街歩きの随筆を世にたくさん送り出している作家など、個性溢れるメンツが揃っていたことも感慨深かったです。
発行されてから20年という時が過ぎましたが、今読んでも心に染み渡る逸品たちばかりでした。日頃使っている電車からの風景や光景を書いた物語は身近に感じたし、いつかこの本に登場した町に降りて散策したいというまだ見ぬ場所への憧れに駆られたものです。
風景や光景も去ることながら男と女、親子、友達と様々な関係通して、心がとても温かくなり明日からもまた頑張れそうな気持が湧いてきました。どんなことがあっても掲載されていた小説達のように日々のささやかな出来事を大切に生きていれば、人生はもっと素敵なものになると感じることができたことは私の財産となったのでした。